ひとりの人間の持つ可能性は無限大

なんとなく心機一転がんばろうという思いがでてきて、ブログとHPを新たに作りました。外に発信していくものというより、自分の中の整理。その都度考えていることを留めるという感じの日記的なものです。将来的に読み返した時に、人生において昔はどのようなことを考えていたのかというのを思い返すためのツールになると思います。

僕は人生の指針に二つの言葉を胸に生きています。

「ひとりの人間の持つ可能性は無限大」「蔵の財より身の財すぐれたり、身の財より心の財一番なり」このふたつの言葉は僕の人生の師匠からの言葉です。そのふたつの言葉のうちHPにも載せている言葉について少し話したいと思います。

誰だって子供の頃は、将来の夢というものを描いていたと思います。しかし、生きていく中で、自分の才能や、向き不向きなど、他人と比べていく中で、自分の器というものを測ってしまい、いつしか夢をあきらめ、なんとなく生きてしまっているという人は多いのではないでしょうか。
実は言葉を胸に生きている僕でも、建築というフィールドの中で昨年は少し自分の可能性はこんなものかなと限界の線を引きかけました。しかし、ある出来事を皮切りに、もう少し自分の可能性を信じてみようと思いました。

昨年は初めて自分で設計した建物が竣工を迎えました。基本から実施、設計監理まで、現場に自分で足を運び建物が出来上がるまでの一通りの経験をさせていただきすごく成長ができました。そして、その設計コンセプトは学生の時から考えてきたことを、少し僕なりに入れ込んだものになっています。学生時代、そんなに建築に対する評価をもらったことがない僕でしたから、時間をかけて苦労してつくってきたこの建物がある程度の評価もされなかったら、自分もここまでかなという思いがありました。それは工事中によぎった考えでした。

そんな中、昨年3月。会社にある一通の手紙が届きました。それは、僕の学生の頃の論文を、主要参考論文として、取り扱ったため、公聴会に来てほしいという、当時、名古屋工業大学の米澤隆さんと北川先生からのお手紙でした。僕の論文は大学でも評価はされなかったため、自分の考えていることにもやもやしていて、それは本当にうれしいことでした。きっとこれは何か意味のあることだと思い、東京から奈良県の現場に毎週通っていた僕は、ちょうど帰りに名古屋で途中下車し、公聴会に足を運びました。北川先生に米澤さん、谷村さん、そしてゼミの学生たち、公聴会後、懇親会と言いながらただひとりの部外者である僕を受け入れてくれていただけたこと、ありがとうございました。いろいろとイジられましたが新幹線の終電まで話ができたこと楽しかったです。

そんな出来事を皮切りに、この建物を工事中にも関わらず、ある小さなコンペに応募しました。そこで佳作をいただくことができました。審査員に建築ジャーナリストの淵上正幸さんがおられたこと。また、工事中のため竣工写真もなく、コンセプトシートだけでしたが、逆にそれで佳作をいただけたこと。論文の件に続き、何か自分の考えてきたことが評価されたようで、本当に嬉しくなりました。

その時に、もう少し自分の可能性を信じてみようと思うようになりました。昨年の「近代建築」11月号にも掲載いただき、本当に感謝しています。

自分の中で線引きをし、あきらめてしまえば、そこで成長は止まってしまいます。時には我慢することも大切です。それでも自分を最後まで信じていける人こそ、夢を実現できるのだと思います。大きく成長でき、自分の可能性を信じることができた2014年。2015年以降、今後はどのようになっていくのか。それでも自分の可能性を信じて、まだまだ日々がんばりたいと思います。実はもうすぐ僕の2作品目が完成します。これはコストもなく、クライアントに設計意図を理解してもらえず、設計監理もできなかったため、自分のやりたいことが1割くらいしかできていないものですが、今後の参考としてひとつの経験になればと思っています。

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