軸線への思い

 リオ五輪の出場選手が続々と決まる一方、選考に漏れ、競技生活に区切りをつける選手もいる。「ここまで長く真剣勝負をさせてもらった競技生活は、幸せだと思う。悔いはない!」4個の金メダルを獲得した水泳・北島康介氏の、引退会見で見せた笑顔は記憶に新しい。晴れやかな表情は、怪我や重圧を勝ち越えてきた、競泳人生を物語っていた。
この春、47年間勤めた会社を”引退”した近所の方に駅でばったり出会った。その方の若手社員時代の苦労話が尽きなかった。一番心に残ったのは別れ際の言葉とその表情だった。「最高の道を歩むことができ、本当に誇りに思う。全てが財産だよ」先の北島氏は「苦しい時が長かった。喜びが味わえるのはほんの一瞬。毎日プールと勝負だった」とも語っている。苦しんだ分だけ、喜びは大きくなる。一日一日、一瞬一瞬を挑戦し続けた人だけが、心の充実を得られる。試練に直面した時こそ、成長の節を刻む最良の時が来たと受け止め、戦おう。「やり切る」と覚悟を決めて進む人生は、幸福である。

IMG_1400 災害公営住宅の集会所の設計を担当した時のことを少し。建築の配置を考える際、敷地の周辺の環境を読み解き、その環境との関係性を構築するように配置を決定するわけだが、その手法のひとつとして、その場所として意義のある軸線上に建物の方向を向けるといった事例をしばしば見かけることがある。かつてはその手法に疑問を感じていた。広域にその建物を真上から見下ろせば建物が軸線上に向いていることがわかるが、建物は普段の生活の中でアイレベルで見るわけなのでそのコンセプトの情報を事前に知らない限り、日常的に気付くことはまずないといっていいだろう。そんな考えを持っていたが、気仙沼の集会所の設計の際、ある想いのもとあえて軸線上に建物を配置した。気仙沼という土地において大島という島は、その場所の風土として欠かせない存在の島であるという。滋賀県でいう琵琶湖のような、静岡県でいう富士山のような‥。さらには東日本大震災の時、多大な被害があったのは事実だが、それでも大島があったおかげでいくつかの津波を妨げてくれ、大島がなければもっと多大な被害があったという話を聞いた。そんな場所の大島というその土地のゲニウスロキに人々の意識を向け、その土地そのものを日常生活の中で感じて欲しいと思った。苦い記憶も、楽しい記憶もあるかもしれないが、いずれにせよその土地での記憶のすべてを真摯に受け止めて欲しいと思ったからだ。集会所のボリュームは二つの箱が角度を変えて重なり合っている。ひとつは住宅棟と同じ角度にあり、一体性を保つ。もう一方は大島の山頂に向けた。さらにピロティ越しに大島の山頂が切り取られるように視線の抜けを確保した。また、そうやって決定した箱が角度を変えてただ重なり合うだけでなく、そのズレが共用部に広がりをもたらし機能的にもプラスとなる構成だ。集会所への歩行路上、集会所のピロティ越しに大島の山頂を望むことができるのだが、こう言っておきながら利用者の何人の方が気づくかわからない。それでも、もし気付いた方がいれば大島を介してその土地の記憶に思いを馳せて欲しい。

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